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ライフシフト 料理 生活

 帰省した時に母が出してくれた料理は・・・

投稿日:2020年3月20日 更新日:

 30代

 結婚して、子供ができて、その子供たちも小中学生になり、大勢で実家へ押しかけ帰省した

 楽しみに待っていてくれた両親。
 満面の笑みで迎えてくれた。前日から人数分の布団を干したり、食器も出して、タオルやら、食材やら。老夫婦だけで大変だったと思う。

 「遠いところ疲れたでしょう、こんなものしかないけどいっぱい食べて」

 と、出してくれた料理は素朴なものが多かった。

 酢の物、煮物、旬の野菜をサッと茹でたもの。

 食べ盛りの子供たちは、唐揚げとか焼肉とかが食べたいが、そういうものはなくて、昔ながらの健康的な野菜を中心とした地味なお惣菜。

 少し戸惑った子供たちも、せっかく出してくれた料理だからとちゃんと食べてくれた。

 「お父さん、これ食べて?」「これちょっと無理」とか言いながらも食べていた。 

そんな状況を見て私は母に、

「もっとこう、肉を焼いたのとか、揚げ物とかない?」

と少し不満そうに言った(らしい)

 一瞬の寂しそうな顔の母。

 「そうだよねぇ。こんなのばっかりじゃねぇ。」

 私には「こんなのもあるんだけど、どう?」と
 変わったお酢に漬けた大豆や、ちょっと怪しく見える健康食品など、次から次へと出してくれる。
「すごく体にいいんだから!』
 子供たちは臭いだけでダメそうだったが、私は味見して「うん、これはいいや」「子供たちも多分食べないからいいよ」とやんわり断っていた。(つもりだった)

 そんなに食べられないから、たくさん出してくれなくていいよ。

 次の食事からは、とってつけたように「タレつき焼き肉」がプラスして出てきた。

 子供たちは当然そのおかずに群がりかぶりついた。

「やっぱりこういうのがいいよねぇ。」と笑った母。

 それから数年、子供も高校大学生になり、なかなか帰省も出来なくなった時にポツリと妻に言った。

 「お父さんが、おばあちゃんにキツく言うから、それがイヤでおばあちゃんちに行きたくなかった」

 それを妻から聞いた時は衝撃だった。

 いつも母には優しく接していたつもりだったのに、子供にはそう見えていた。心ない言葉、そして知らぬうちに母を悲しませる行動。

 「今夜は友だちの家で食べてくるから晩ご飯はいらないからね」
 
 「あぁ、そうなのぉ」

 その時もちゃんと晩ご飯を用意してくれていた。こちらが連絡するのが遅かった。翌日冷蔵庫を見ると、その時のおかずがすべて保存容器に入っていた。

 配慮のない言葉は、ちゃんと子供は聞いていた。そしてそれに嫌悪していた。

 子供たちはみんな優しく育ってくれた。私が作った料理も文句一つ言わず食べてくれる。

 そして今、孫が生まれ、自分が料理を出す立場になって思う。

 さて何を出そうか?

 

 そして、迷った挙句に出す料理は、あの時母が作って出してくれような料理が並んだ。

 その料理を並べ終わって、「あっ、これは・・・」

 その時、母の笑顔が目に浮かんだ。

 きっと色々と考えて、何を食べさせようかと、健康にいいものを、野菜をたくさん、彩りも考えなくちゃ、旬のものがいいよね、酸っぱいものは苦手かしら?作って並べて見て「ちょっと年寄りの食べ物みたいになっちゃった?」、そんなことを考えていたかもしれない。

 自分で料理を並べて見て、じわじわと昔のことを思い出してしまって、母に教えてもらった素朴な料理が並んだテーブル、自然と込み上げてくるものがあった。

 あの時はひどいことを言っちゃったね。ごめん。

 死んじゃってから言っても仕方ないのに。

 家族の健康のことを一番に考えていたのに。「身体にいいからね」って言っていたのに。

 風邪ひかないようにね、

 身体だけは大事にしてね、

 ちゃんと食べてる?

 ご飯には押麦入れて食べてね、

 野菜をたくさん食べて、

「わかったから、わかってるよ、もうイイって」

 何にもわかっていなかった。

 一番最初に死んじゃってさ。

 突然死んじゃってさ。

 気がつけば、母がやっていたことと同じことやっている。

 味噌を仕込んだり、ぬか漬けやったり、梅干し干したり、白菜漬け、ミシンも踏んで、絵も描いて、音楽も好きだった。お出かけの時はちゃんとオシャレな格好する。

 そうやって続いていく、つないでいく。

 そして私もまた次につないでいく。

 ご恩は母には返せなかったけど、親孝行もできなかったけど、

 このご恩はちゃんと次に送っていくよ。

 ありがとう。







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執筆者:


  1. Aki より:

    母親の肉料理っていうと、生焼けのハンバーグでお腹をよく壊したの思い出します。
    気が短いんだか下手なんだか魚にしても生焼けっぽいイメージがあって、サンマの塩焼きとか恐怖、開きは火の通りがいいのでまだ安心、味なんか楽しんでる余裕は無し。
     安心して食べられたのはお惣菜で買ってきた揚げ物とお刺身、作ったものとしては玉子焼きとナポリタンくらいしか無かったんじゃないかなぁ…

    • KURI より:

      Akiさん
      ハンバーグはその状況からすると火加減が強すぎたのかな?表面が焦げて中はナマ。
      肉料理は、豚もも肉を焼いて中濃ソースで食べた記憶があります。切っていなかったから食べづらいなって思ったけど、正式のを知らないからそんなもんだと思っていました。だから大学時代に定食屋で豚生姜焼き定食食べた時は本当に感動したもんです。
      妻に聞くと、義母もそんな感じの料理だったとか。仕事の合間にチャチャっと作る料理。みりんも使っていなかったっていうし。みそ汁もつかない。
      それだけに給食が大好きだったと。(^_^)

      • Aki より:

        ハンバーグって最初焼き目を付けたあと、腰までお湯を張ってから蓋して蒸し煮で中まで火を入れると思うけど、あの人のは中火で表面焼いて終わり、蓋もしないので100%生焼けが食卓に上ります。
        他鶏のから揚げも火加減が判らないのか必ず中心付近というより5割がナマ、
        その手の根菜の煮物とか麺類(製麺所のうどん)しか作ることができなかったと思います。料理本とか読んでるの見たことないし全部適当、近頃叔母(母の妹)と話す機会があるけど、日曜とか他の兄弟は朝から自宅の商店で働いていたけど、長女だったあの人はいつも昼まで寝てて何もやらなかったそうな、なんとなく納得です、我々は放任してもらったおかげで今があるのでしょうね♪

        • KURI より:

          我ら兄弟は料理好きになったのは必然だったようで、学生時代からずっと今まで料理を作ってきて楽しい記憶ばかりですよ。楽器もそうだけど料理も続けてきてよかったなって思います。(^^)

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