「え? なんて? そうそう、そうなんよ。あれには参ったわ。」
妻とトンカツ屋に入って、隣の席から聞こえて来る少し大きめの声。
「それでな、そいつのかあちゃんはまだ出てこうへんねん。おかしいやろ?」
私はメニューを広げて、「ロースカツ定食二つください」と店員さんに注文した。
「食後のコーヒーいる? 今日はいいか。それじゃそれだけで、お願いします」と言ってメニューを返した。
隣からは相変わらず賑やかな声。
「だから言うたってん。『それはあんたが悪いやろ』って。だってそうやろ?誰が考えてもおかしいやん」
お隣は、すでにトンカツは食べ終わって、瓶ビールとお漬物で盛り上がっているようだ。
怒っているようにも聞こえるが、始終うれしそうに満面の笑みで喋っておられる。
見た感じは、70歳前くらいの男性で、尾形イッセーに雰囲気が似ている。
「でもな、そいつは根性なしやねん。『そんなん、きつう言うたったればええやん』と言うてもよう言わへんねん。」

思ったよりも定食は早く持ってきてくれた。
私「ドレッシングは和風にしようかな? カラシ取ってくれる? あ、ありがとう」
徐に妻がこちらに顔を近づけてきて、
妻「隣の人、盛り上がってるね?」と小さな声で呟く。
私「うん」 妻「でもさ、知ってた? お隣、一人なんだよ。」
私「え?マジか!? それじゃあれって独り言? 誰かと電話しているとかでもなくて?」
妻「そう。 私もやれって言われればできるけどさ。」(^^)
私「いや、やらなくていいけど」
街を歩いていても、一人で大声で喋っている人がいて振りかえること多いけど、
大抵あれはイヤホン付けて電話していることがほとんどだ。
でも、大きな声で独り言というか、一人で誰かと会話している人も以前より見かけるようになったかな。
公園のベンチとか、バス停のベンチとか。
ショッピングモールを歩きながらとか。
イヤホンを差していたり、スマートフォンを持って喋っていたりだったら、通話中かな?って思うけど。
でも、トンカツ屋さんで「ひとりバーチャル飲み会」は初めてだった。
バーチャルな相手のセリフは喋らないけど、
聞き取りにくところは「え?なんて?」って、耳を目の前に居ない相手に近づける所作までするという芸の細かさがある。
もしかしたら、あれは落語や一人芝居の練習だったのだろうか?
それは私たちが入店し、食べ終わって会計した後でも続いていた。
あれはあれで幸せなんだろうな。
だって、それはそれは楽しそうに、
素敵な笑顔で盛り上がっていたもの。