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「伊勢金比羅参宮日記」を含む歴史関係、日々の料理レシピ、乾癬について、山歩き、生活の知恵、5人の子育てなど、多岐にわたる個人ブログです。

ひとりごと ライフシフト

クシャクシャ!ポイ!

投稿日:

 毎日毎日こうやってブログを書いていて、楽しくてどんどん文章が出てくる時もあれば、まったくかけない時もある。

 仕事じゃないし、何も責任もないし、気分が乗らないからと書かなくてもいいわけで、何がこうやって毎日文章を描かせているのかも自分でよくわからない。

 ただ書き上げた時、それを読み返して「なかなかいいのが書けた」と思う時と、「だめだこりゃ」と2時間かけて書いた文章をあっさり消去する時もある。

 よく画家さんや陶芸家さんが、出来上がった作品を破り捨てたり、叩き割ったりして「もったいないなぁ」って思ったりするが、今となってはよく理解できる。

 プロの方々と一緒にしては失礼なのだが、跡形もなく消去したことに何も後悔はない。逆にスッキリするくらいなのだ。パソコンで書いているから消すのは一瞬。「ゴミ箱に入れる」じゃなくてデリート。復活させるのは結構面倒なやつ。もし手書きだったら、ビリビリに破いて捨てるって感じ。

 クシャクシャって丸めてゴミ箱にポイじゃ、再び広げたら読めちゃうからそれじゃダメなんだな。気分的に。

 仕事においてもそういうことがあって、それがずっと残るから嫌だ。完璧なんてないのだけど、100分の1でも納得がいかないところがあると「クシャクシャ!ポイ!」ってやりたくなるけど、それができない。

 完璧を求めるからいけないわけで、「65点くらいでもいいんだよ」って言われたとしてもなんだか歯痒い。

 自己満足なのはわかっているのだが、65点の作品が「これがあなたの作品です」と、私の100%みたいにずっと飾られているのが嫌なのかもしれない。100点の作品なんて作ったことないのにね。

 ただ自分をよく見せたいだけなんだろうな。書いていてそう思った。大した人間でもないのに、それなりの人間を装っているから無理が生じてくる。

 あっちのブログで「何をもって人を羨ましいと思うか」って書いたが、飽きる飽きないに関わらず続けられる忍耐力があること。これがある人は羨ましく思うな。

 それを得たいと思って1年間ブログを毎日更新してみようと思った。それがあと1ヶ月というところまできた。

 毎日ブログを3本アップし続ける。このブログは途中数日だけ抜けたかもしれないが、他の2本は抜けてないように思う。

 思考回路が「ブログ脳」になってきたのか、何か出来事があったらもう頭の中で文章を書いている自分がいる。1本のブログを書き上げるのもかなり早くなった。写真を撮るのもブログ用に撮影するし、サイズ変更や色彩やコントラスト、露出の変更も1分もかからない。

 そうやって効率が上がったから続けられるのかと思った。とりあえずキーを叩いているのが好きで気持ちいいんだ。文章を考えるのも楽しいし、完成した時の達成感も心地いい。

 絵を描くのも好きだけどまだまだ思うように描けない。毎日毎日描き続けたら、文章を書くようにサラサラって描けるようになるのだろうか。またそれもいいだろう。

 何事も気持ちいいこと、楽しいことをやっていたいものだ。

 



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執筆者:


  1. Aki より:

     そういえば高校時代日記なるものを書いたこともあったけど、
    即自己嫌悪に陥ったかなぁ…
    文章ってのは他人に楽しく読んでもらうのを前提に書かないと、
    本人がブラックホールに落ち込んでいくようなきがしますw

    • KURI より:

      Akiさん 人それぞれなんですねぇ。私は何か書いていないと(キーを打つ)落ち着かないところがあるみたい。学生時代にペンで書く日記は何度も挫折しましたが、パソコンで入力する日記やブログやHPは不思議と続けられています。

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