今ここから

なんだかんだで人生飽きないように好奇心だけで生きてきたけど、こんなんでよかったのかなぁ?と言うブログ。

ひとりごと 出来事

怒ってもよかったのか

投稿日:

 信号のない横断歩道を軽く手を上げて渡る。


 そこへクラクションを鳴らしながら、車が目の前を走り抜ける。

 「わぁ、びっくりしたぁ〜。クラクション鳴らすことないのにぃ。」

 ということがあったと家族に話すと、


 「そんな車には背後から『殺す気かー!」って怒鳴りつけてやればいいんだよ」


 「そういうもんか?」


 「そうだよ!」と私よりも怒ってる。

 またある時は、


 渋滞中、路側帯を無理やり走ってきた車が私の車の前に割り込んできた。


 隣に乗っていた妻は怒り心頭で、助手席から私の握るハンドルへ手を伸ばしてクラクションを鳴らそうとする。


 「いいからいいから」とその手を押さえた。


 「ああいうヤツには一言文句言ってやんなくちゃ!」


 「そういうもんか?」


 「そうだよ!」と私よりも怒ってる。

 「言ったって反省なんかしないよ、きっと」


 「そういう問題じゃないって! 腹立たないの?」


 「立つけど、怒ったって仕方ないじゃん」

 これは、私が何事にも感情的にならずに怒りを露骨に表面に出さない人というわけではない。


 別の場面では、


 「何をそんなに怒っているの?」と言われることがある。


 「どうしてあんなことされて冷静で居られるんだ!」と怒り狂う時もある。


 そして、「そんなの怒ったって仕方ないじゃん」って言われる。

 人それぞれ怒りを誘発するポイントが違うのだな。


 多くの場合、夫婦でそのポイントは違うことが多い気がする。


 だから、どちらかがブチ切れた時にもう片方が諫めることもできる。

 「本来こうあるべき」と言う前提。


 それがそれぞれ違うから、「理不尽」、「ちょっとイラつく」、「なんとか妥当の範囲」、「許容範囲」、「普通」、とかに分かれる。

 各自の「本来こうあるべき」とか「普通こうだろ」という価値観が一緒だったら、


 怒りというものは今よりも少なくなるのだろうか?

-ひとりごと, 出来事

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

関連記事

お百度

 吸い寄せられるように立ち寄るお地蔵さん。  このお地蔵さんはとても願い事を叶えてくれると言うことが口伝てに広がり、常に誰かしらお参りしている。いつも新しいお花がお供えしてあり、誰かしらが掃除をしてい …

プラ板試行錯誤

 あれからもプラ板で遊んでいる。  正円で作ったのに、焼いたら楕円になったりする。また直線も歪む。その歪みもまたいい味になるとも言えるが、その特性を知った上で歪みをうまく利用したいところ。 ↑右側の縦 …

横断歩道

散歩をしていますと、横断歩道を渡る機会も多くなります。信号のある横断歩道であれば問題はないのですが、信号のない横断歩道を渡る時は、なかなか渡れない時があります。交通量の少ない道路なら良いのですが、やた …

お盆の不思議な出来事

 散歩中、  遊歩道に桜の木の枝が垂れ下がっていた。  その太い枝の根元を見ると、  こんな場所で折れていた。  この大雨で根元から折れてしまったのだろうか?  元々腐っていたのだと思うが、それにして …

見えてないのは無いのと一緒

 この歳になると、そんなじっくりと自分の顔をまじまじと見ることがなくなった。  それだけに、うっかり間違って老眼鏡をかけて自分の顔を見てしまったりすると、  そこには想像し得ないほどの荒野が広がってい …