今ここから

なんだかんだで人生飽きないように好奇心だけで生きてきたけど、こんなんでよかったのかなぁ?と言うブログ。

ひとりごと

椿や山茶花

投稿日:

 山科駅から毘沙門堂の裏を抜けて大文字山へ入ろうとした道に、

 花首から落ちた椿がぼとりと落ちていた。

 まだそのまま飾りたいくらいの美しさが残っているのに、

 「私の美しさはもう終わり。少しずつ衰えていくくらいならいっその事この首を落として殺してよ!」と言わんばかりの潔さというか、切なさ。

 山茶花のように、「少しずつ老けていくのも良いものだよ。その歳ごとに楽しみがあるものだから。それを楽しまないと。」と言ってくれているのもある。

 南禅寺に咲いていた山茶花は、椿とほぼ見分けがつかないが、花びらだけがハラハラと散っていっていた。

 どちらがいいかではなくて、「私はこうだから」と決められていた道を進むだけ。

 ヒトはどうなのだろう?

 ヒトそれぞれに違うのだろうが、それは後天的なものなのか、先天的なものなのか。同じ遺伝子を持つ一卵性双生児なら同じなのだろうか?

 「私はこういう生き方しか出来ないんだよ、ごめんね。」と言いながら泣き崩れるくらいなら、ここをどうにか乗り越えてもう少し頑張ってみたら良いのにと思うこともあるが、これはどうにもならないことなのだろう。

 他の生き物でもそんなことを思うことがある。雨の翌日にはミミズはどうしてみんな集団自殺しちゃうのだろう? 虫はどうして光にあつまるのだろう?

 きっと科学的に解明しているのだろう。ヒトの行動もすべてプログラムされていることで、数学的にも解明できるのかもしれない。でも、どうしても逃れられない何かってあるんだよなぁ。ここまで生きてきてそう思う。



-ひとりごと
-,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

関連記事

熱っ!

 小さい頃、お風呂が熱くて入れないことが多かった気がする。  大人は平気な顔して入っているのに、  自分が入ると、膝まで入ってもう熱くてギブアップ。  水を入れてぬるくし過ぎたら叱られた。  温泉など …

いざ無くなってみると思い出せない

 久しぶりの比叡山の山頂付近。大比叡の手前に広い空き地があった。  「あれ?ここは以前なにがあったっけ?」  こんなに広いのに、思い出せない。  確か、テレビ中継塔があったな。それが無くなったのかな? …

臆病と鬱

 気が小さいとか、ビビリだとか、小心者、臆病って自分でそう思っている。これは生まれ持った性格と、今までの体験の積み重ねだとかいろいろと考えてみたりする。  いつも吐き気がするくらい悩んで考えているつも …

なんか微妙

 ニュースを見ていて、自分と同じファーストネームだなと思ったら、  えげつない犯罪者だった。  よくある名前だから確率は低くないけど、  なんか微妙。  とか、  苦手な人だと思っていた人が、  ふと …

映画「散り椿」

 名カメラマンの木村大作が、「劔岳 点の記」「春を背負って」に続く映画監督第3作として手がけた時代劇。「雨あがる」などの監督・小泉堯史を脚本に迎え、直木賞作家・葉室麟の同名小説を実写映画化した。享保1 …