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「伊勢金比羅参宮日記」を含む歴史関係、日々の料理レシピ、乾癬について、山歩き、生活の知恵、5人の子育てなど、多岐にわたる個人ブログです。

生活

流されるときは

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心が穏やかな時と

イライラしている時と

寂しい時と

うれしい時と

悲しい時と

恥ずかしい時と

怒っている時と

愛している時

きっと、その時に自ら発しているものが

言葉になり

艶になり

歌になり

表情になり

強さになり

弱さになり

ちょっとした行動になり

そして広がっていく

まずは隣に伝わり

またその隣に伝わり

そのまた隣にと伝わっていく

そして、いつか全体に広がっていく

自分もまた他から伝わってきたものに共鳴したり

それの増幅装置になったり

リミッターにもなり

歪ませたり

ギターのエフェクターのように

都合の良いように変化させて

また次へと発していく

持っているエフェクターはさまざまで

歪んだ音が好きな時もあれば

クリアーな音が好きな時期もある

エフェクターを通していない音がいい時もあれば

のびやかな音を好む時もある

若い頃は歪んだ大きな音が好きだったし

今はアコスティックな音が心地いい

以前は複雑なコード進行で変則的なリズムもよかったが

今はシンプルでわかりやすく、定番的なものがいい

演歌やブルースが良くなってきたのも最近だ

こういった変化は一体なんだろう?

自分は何を心地いいと思っているのだろう?

何を求めているのだろう?

自分はどこへ流されていくのだろう?

流されていくというのはちょっと違う気がする

自分はいつも変化していく

流動的である

「周りに流される」ことは悪い意味で使われるが

「周りに合わせる」ことは悪い意味じゃない

「受け流すこと」は上手に出来た方がいいし

「受け止める」ことは大変

「気に留める」ことより

「聞き流すこと」の方が大変

 「流れを止める」よりも

 「流れに沿う」方が楽

 楽な方へ、心地いい方へと変化していく

 それでいいんじゃないかな

 と、今日は土曜日だからそんな気分

 月曜になったらまた違う気分になってるだろうな

 それでいいんじゃないかな

 みんなそんなもんだよね

 きっと





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