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ライフシフト 生活

話上手はテクニック・聞き上手は人徳

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 人前で何かを喋ることというのは、緊張するものだ。

 30代半ばまでは、もうホントに大嫌いで逃げ回っていた。
 学生時代、授業中に先生に指されることが怖くて身を低くしていたし、授業参観の時などは消えてなくなりたい程だった。 20代になると友人が結婚するようになり、友人代表でスピーチを頼まれるようになり、働き出せばどうしても人前で話さなければならないことも増えてくる。小さな勉強会では常にコメントを求められるようになり、行き着く先は自分で講演会をやるようになっていた。

 今では以前ほど「逃げ回る」というほどではなくなってきている。

 あることに気がついたからだ。

 人間は相手の言うことを、思ったほど聞いていないと言うこと。

 そして、

 相手のことを思ったほどよく見ていないと言うこと。

 今まで誰かのスピーチで、内容を覚えているものがあるだろうか?
 おそらくそれほどないだろうと思う。

 結婚式のスピーチや乾杯の音頭など、しゃべる内容の9割ほどは定型文だ。


 それさえ覚えてしまえばなんてことはない。緊張するのは、その定型文が覚えていない時だ。
 定型文もいくつかバリエーションを持てるようになると、咄嗟の場面でも対応できるようになる。問題なのは、その準備が出来ていないことで、頭が真っ白になってしまって、あやふやにしか覚えていない定型文さえ出てこなくなってしまった場合だ。誰しも最初は失敗するし、覚えていた定型文さえも忘れる。それは仕方のないことで、何回か失敗してやっとその定型文が体に染みつく。それが「普通」だと思っていいだろう。


 真っ白になってしまったら。そんな時は「こう言う場で喋るのは苦手でありまして、大変緊張しております」と冷や汗を拭うフリをする。その一言と演技だけで、みんな笑顔で同情してくれてハードルを下げてくれる。聴く側は早く終わって欲しいのだ。そして自分も同じだからだ。

 みんなの心に残る名スピーチをやろうと思うと、大抵、コケるかドン引きされる。

 基本は、定型文が9割で残りの1割も定型文でもいい。それでも全く問題ない。それであなたの人間性を否定されることは絶対にない。無理に笑いを取ることもないし、自分の価値を落とす必要もない。ましてや誰かを責めたり、貶めたり、笑いネタにするのはもってのほかだ。

 そのようなことを気にしつつ、今、あるスピーチの文面を考えている。何を喋ろうかな?と思いながら頭の中に描いたことを書いておこうと思ってこれを書いている。

 スピーチ上手という人も、もっと上手に喋りたいと思っていて、今日はうまく喋れただろうかと心配している。そして何より、喋り上手はいつも次は何を喋ろうと考えている。だから喋る回数も時間も増えていき、余計に上手くなっていく。

 喋り上手の対極に「聞き上手」がいる。

 おしゃべりが過ぎると信用を失うこともあるが、人の話を聞きすぎて信用を失う人はいない。かえって人望を厚くするのだ。

 人の話を聞ける人は、それほど多くない。多くないどころか「少ない」いや「ほとんどいない」。「話し方教室」があるように話し方はテクニックと場数を踏むことでどうにかなる。しかし「聞き方教室」がないということは、教えてどうなるものではないのだ。

 人の話が聞けることは、その人の特性であり「徳」であると思っている。

 だからその人のところには、人が集まる。

 話がうますぎると逆に不信を招いたりするが、聞き上手は聴けば聴くほど徳が上がる。


 気の利いたアドバイスなど要らない。相手の話をただ聴くだけで徳が上がるのだ。

 何もしなくて聴くだけで?

 
 そう。でもそれは思いの外むずかしい。

 ついつい、「でもさー」とか「それは違うよ」とか、言ってしまうのだ。

 これを我慢するのはかなりの忍耐力がいる。

 「でもさー」で相手の話を遮って、そのあとはいつものように
自分の持論を喋りまくってスッキリと「自分なりにいいアドバイスができた」
などと悦に浸るのである。

 相槌は「うんうん」と「それは大変だねぇ」と「むずかしいよね」「よく頑張ってるね」くらいにしておく。
 すべての思いを話しきった相手は、「聞いてもらってありがとう!」と感謝するに違いない。
 「私は何もしていないけど。いいアドバイスが出来なくてごめんね。」と言っても、
 「ううん、なんだかスッキリして、頭も整理出来たし次に進めそうだよ、ありがとう!」となるはずだ。

 人の話を聞かせてもらうのは、今まで親の言うことを聞かなかったことへの罪滅ぼしであり恩返し。親孝行のつもりで、その親への恩を、目の前の人の話を聴くことで親への恩を返すのだ。

 そう言う気持ちで相手の話を黙って聴くことができるようになると、それが大人になったと言うことだと思っている。
 
 私はまだまだです。

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