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「伊勢金比羅参宮日記」を含む歴史関係、映画鑑賞の記録、日々の料理レシピ、乾癬について、山歩き、生活の知恵、5人の子育てなど、多岐にわたる個人ブログです。

ライフシフト 生活

鬱の波が来ちゃったら

投稿日:

朝、目覚めた時におおよそわかる

 今日は調子がいいかどうか。

 消炎鎮痛剤でごまかせる時もある

 それでもダメならとりあえず諦めて騙し騙し動くしかない

 50代になって変わったのは、諦めてどうにかでも動けることだ。

 「大丈夫、大丈夫」「今までも大丈夫だったじゃないか」「今回もきっと大丈夫だよ」と自分に暗示をかけてやり過ごす。

 誠に面倒くさい。

 過去の失敗経験と、自分で作り上げた失敗例に怯える。

 うまくいって当然、失敗したらすべて自分の責任

 そんな綱渡りに挑戦している気分なのだ

 もちろん実際は、想像した時ほど失敗をするわけでもなくて、何かトラブルがあってもどうにか切り抜けられることがほとんどなのだ。

 でも、頭の中では「きっとあんなことも起こるかもしれない」「怒鳴り込まれるかもしれない」「そうしたらどうしよう・・・」

 そんなことばかり考えている。

 「そんなの気の持ちようだよ」「心配事の9割は起こらないんだから」

 それならその1割の心配だったことが起きた時に、どうすれば良いかを考えてばかりいる。

 それでもここまで生きてくると、「まぁこんなもんだよな」っていう気持ちになってくる。

 「それは暇だから余計なこと考えちゃうんだよ。」「何かに熱中していたらそんなこと考える暇もないわ」「忙しくしていれば余計なことなんて考えないし、布団に入ったらすぐに寝ちゃう」

 誠に羨ましい。

 それでも、体を動かしている時はかなりマシなことに気付いた。

 歩いたり、走ったり、登ったり、ガーデニングしていたり、料理していたり。

 だからせっせと動くようにしている。

 それは気分がのっている時で、動く気力がある時の話だ。

 鬱が始まってしまうと、

 「鬱っぽいから歩いてこよう」ってならない

 「気分がすぐれないから山にでも行ってこよう」ってならない

 ただただ、家で嵐が過ぎ去るのを、頭を低くしてやり過ごすしかない。

 きっとこれからもそんな感じでやっていくのだろうな。

 そうそう、こうやって文章に書いているのも気分が晴れるのだ。

 だから今日はつらつらとこういう文章を書いている。

 誰が読んでくれているかもわからないが、それでもいいのだ。

 指先でキーボードを叩いて、頭の中のワダカマリを放出する。

 それで少し気持ちが救われる。

 何かを創造するのはいいものだ。

 文章でも、絵でも、歌でも、楽器を弾くでも。

 ゲームのMinecraftで大きなお城を作るのでも、どうぶつの森で自分なりの島を作り上げるでもいい。

 そんな気がする。

 どうせ人生なんて頭の中での妄想だ!それでいいのだ。



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