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なんだかんだで人生飽きないように好奇心だけで生きてきたけど、こんなんでよかったのかなぁ?と言うブログ。

乾癬

戦争を知らない子供たち

投稿日:

 「戦争が終わって僕らは生まれた♫」からはじまるこの曲は、
 ジローズ(杉田二郎と森下次郎)が歌ったヒット曲。
 学生時代よくギターを抱えて歌った記憶がある。
 この曲を作詞された北山修氏は、1946年生まれ。まさしく戦争が終わってから生まれた子である。
IMG_0803.jpeg
 発売当初はかなり叩かれたらしい。ベトナム戦争の真っ最中で、日本には米軍基地があった。
 そんな中でのお花畑と言われた反戦歌。
 髪を伸ばし、タバコを吸ってギター掻き鳴らしながら歌う姿に、戦争を体験した人はどう思ったのだろう?
 これを書いている私は戦争が終わって18年後に生まれた。
 戦争のことなんて、な〜んにも考えずにこの曲をギター抱えて歌っていた。
 私にとって戦争は、ずっと前の出来事だった。
 親からも、学校の先生からも、知り合いからも戦争のことはよく聞いたし、
 テレビや本などでもよくよく見聞きしたものだ。
 正直「ふ〜ん」ていう感じであった。
 でも怖かったのは、原爆を描いた絵画や、太平洋戦争ではないがピカソ の「ゲルニカ」を見てはゾッとしたのを覚えている。
 先日、阪神淡路大震災から26年との報道があった。
 もうそんなになるのかと思った。
 戦争が終わってから18年で生まれた私にとっての戦争と、
 東日本大震災が起こってから10年経って生まれ子にとっての震災。
 アメリカ同時多発テロ事件から20年で生まれた子にとっての事件と、
 阪神淡路大震災が起こってから26年経って生まれた子にとっての震災と、
 起こった出来事に対する感覚はどうなのだろう?
 「体験した人」と「体験していない人」との温度差はかなり大きい。
 戦争を知らない子どもたち、
 震災を知らない子どもたち、
 コロナを知らない子どもたち、
 コロナが流行っている時の独特の街の雰囲気は、それを体験した人でないとわからない。
 我々はこれから生まれてくる子たちに、
 「震災の大変さも知らないくせに」
 「コロナを知らない世代か」
 「そんな甘いもんじゃないんだ」
 と、反射的に反応してしまうのだろうか?
 それこそ、応仁の乱で京都の街がほとんど焼き払われたのを体験した人に、
 「あの時は大変だった」と言われても、なかなか実感が沸かない。
 「関東大震災」で「東京大空襲」で「バブル崩壊」で、「リーマンショック」で、
 それぞれ各人における未曾有の出来事が、
 その人にとっての人生最大の大惨事。
 そのどれも後世に伝えていかないといけないんだろうとは思う。
 という、それらひっくるめて「日本の歴史」なのだ。
 神戸淡路大震災から26年たって生まれた子にとっての震災は、
 私にとっての戦争よりももっともっと遠い昔の出来事なのだ。
 ”震災が終わって僕らは生まれた〜 
 若すぎるからと許されないなら
 歴史を知らないと許されないなら
 今の私に残っているのは、涙をこらえて歌うことだけさ
 僕らの名前を覚えて欲しい
 震災を知らない子供たちさ〜”
 という気持ちになるのだろうか?
 少なくとも私の孫にしてみたら、
 神戸淡路大震災は、自分の両親も体験していないし、
 自分のおじいちゃんおばあちゃんでさえ体験していない出来事なのだ。
  孫が音楽を聴くようになり、「ビートルズ」を知るようになったら、
 「昔、おじいちゃんとお前のお父さんは一緒にポールマッカートニーのライブに行ってね、”イエスタデイ”を生で聴いたんだよ」
 と、自慢するかもしれない。
 今から20年後に孫がビートルズを知った時には、その孫にとって名曲「イエスタデイ」は76年前の曲になるのだ。
 私の仲人さんが子供の頃に、近所のおじさんから聞いた話で、
 「そこの藪の中で、国定忠治が斬り合いをしていたのを見たって言ってたんだよな」っていうくらい驚くことで、
 私が子供の頃に100歳くらいだった「ひいおばあちゃん」が小さい頃には、勝海舟も生きていて、関東大震災もリアルに体験していたという衝撃かもしれない。
 歴史は意外と身近なことではあるのだが、体験していないと「歴史」になってしまう。
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-乾癬

執筆者:


  1. Aki より:

    ご先祖の順庵爺がお伊勢さん・金毘羅山・善光寺をめぐってたのと、土方歳三や近藤勇一行が江戸から京都へ中山道で移動してたのが同時期、もしかしてすれ違ってたのかと思うと面白い…

  2. 匿名 より:

    >順庵先生
      ⇒なつかしいですね。
       お仲間に入れていただいたのは順庵先生のお導き。
       考えれば考えるほど、あの時代に巡拝されたというスゴさ。
       精神的・肉体的・金銭的に・・・。
       

  3. KURI より:

    Akiさん
     そういう風に歴史を考えるとすごく面白いですよね。(^_^)

  4. KURI より:

    しんちゃんママさん
     もう何年になりますかねぇ?(^_^) 不思議なご縁だと思っています。
     あの頃の順庵爺さんは、今の私より一回り以上年下なんですよね。なんだか感慨深いです。

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