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なんだかんだで人生飽きないように好奇心だけで生きてきたけど、こんなんでよかったのかなぁ?と言うブログ。

乾癬

「真実はいつもひとつ」なんていう奴を信じるな

投稿日:

 名探偵コナンの名セリフである
 「真実はいつもひとつ」
 「真実」「絶対」「永遠」「確実」「本当」という単語を使って売っている商品は、
 怪しいと思った方がいい。
 「50代以上のblog」として書いているが、
 50年以上生きてきて、「真実はひとつ」と実感している人がどれだけいるだろうか?
IMG_2076.jpeg
 まず自分の顔を鏡で見て欲しい。
 そして「本当の自分」ってなんだろう?って考えて、答えを出せる人はまずいないだろう。
 私自身のイメージとしては、
 おおよその下書きがあって、そこに時代ごとに鉛筆画、ペン画、クレヨンやら水彩やらで色付けされ、
 油絵具でも重ね塗られて、もうよく分からない顔「みたいなもの」が鏡に映っているはずだ。
 そこに厚く化粧品まで塗られていると、もう言葉でどう表現していいのかわからない。
 「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と かつてのアメリカ大統領リンカーンが言ったという。
 その今の顔にどう責任を持てというのだろうか。
 「吾、十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども、のりをこえず。」
 50代後半ともなると、30代に学んだ上記の論語の一節も虚しく響くばかりだ。
 「真実」とはなんだろう?
 「事実」とどう違うのだろう?
 自分が見ている自分の顔は、現実のものであり、自分から見た「事実」。
 その鏡に映った私の顔を、妻が横で見ている。妻にとってその鏡に映る私の顔は妻から見た「事実」。
 自分の顔を見て「自分って気が小さくてええカッコウしいの男」っていうのが自分の思う真実で、
 妻が私の顔を見て「器用で寂しがり屋で優しいひと」っていうのが妻が思う私の真実。
 でも、そう言われても「本当はそうじゃない」というのも本当で、
 「絶対にそんなことないよ」というのも真実で、
 「確かにそうだった」
 「でも永遠に愛してる」
 「確実にそうと言えるか?」
 となってくると、もうそんなことどうでもよくなってくる。
 「真実」は、人の数だけある。
 自分にとっての真実はひとつかもしれないが、
 裁判で、その真実の多数決で有罪無罪が決められてしまうのは、
 考えてみるとそら恐ろしくなってくる。
 「百年目の真実」「確実に儲かる投資信託」「永遠の愛を誓う」「絶対に言ってはいけないNGワード」
 どれも胡散臭い。
 それでもその言葉につられて商品を買ってしまうのは何故だろう?
 あり得ないとわかっているのに、それに手を出してしまうのは何故だろう?
 無料でその真実を知りたい人は、ここをクリック! 
 と、リンクを張ればついついクリックしたくなる。(ここのHPに飛ぶだけなので大丈夫です)
 ヒトはそのように出来ている。
 人間だもの、仕方ない。

-乾癬

執筆者:


  1. カラス より:

    こんばんは。
    『真実』というコトバを、使ったりしゃべったりすることがないのですが
    その時々の主観的なものだと思われます。
    「その時は、確かにそうだった」が
    「あの時は、そうだと思っていた」に変わるかもしれないが
    強いていえば、『真実』=『謎』
    上の絵画の謎は何でしょう。
    それにしても、上の絵画は、どなたの肖像画でしょうか。

  2. KURI より:

    カラスさん
     30代までは真実というか真理を探していたように思います。考えた挙句、真理なんてものはないと結論に達しました。「真実は謎」これもひとつの真実です。
     あの絵は、ガネーシャという神様を描きました。アンクーシャという杖を持っています。日本名では「歓喜天」でしょうか。落書きとして描いたのですが、なんだか妙に自分で描いたのに気に入ったので、額に入れて自分の部屋に飾っています。(^_^)

  3. あかいみ より:

    昨日奇跡の復活を果たした璃花子ちゃんが、あ~あ、言ってしまった。。
    「努力は必ず報われる」と。彼女ほどの努力は誓ってしたことのない身ながら、それは違いますよ、璃花子ちゃん、とはっきり言っておこう。あの最終レースに残った人も、いやいやそのはるか手前の人も反吐を吐くような努力をした人はきっといるからさ。璃花子ちゃんの努力にその人たちの努力が足りなかったかなんて・・多分永遠にわからないし、想像だけどそんなこともないと思う。もちろん彼女の努力はトップレベルだけど、結果を与えたのはそれ+のSomethingがあったからだろう。「努力は必ず報われる」も「真実はいつもひとつ」も理由を探したい心が結果からスコープした後付けの言葉だろう。電子の位置が確率でしか表せないという量子力学の理論が生きている以上、事件の理由はほんとの意味ではいつも後付けなのかもね。そう考えるとKURIさんの言っている「信じるな」は決してペシミスティックな解釈を与えるべき言葉ではなく人生に対処するための心すべき「常態」かもね。明るく信じるな、っていうこと。さてどうでもいい話だが俺の思う璃花子ちゃんの勝因の+Somethingは、コースに向かう前に「ただいま。」と呟いた、というところにあるのではと夢想する。「あたしはもうここまでこれたんだから勝負はどーでもいいんだ」という人のほうが「あたしは努力したんだから絶対勝つんだ」と思ってる人より強いと思いませんか?もしかしたら璃花子ちゃんも「どーでもいいと思ったら勝てました。。」とも言えなかったからああいっちゃったのかもね(笑)。

  4. KURI より:

    あかいみさん
    偶然にも同じことを思いましたよ。
    「あ〜あ、言っちゃった」と。
     きっと池江選手は、「努力は裏切らない」と思って練習に励んできたのだと思う。だからあの場面であの言葉が出て来たのでしょう。我らも少年ジャンプを読んで「友情」「努力」「勝利」を信じて大人になった部分もある。でもそうじゃなかったとも思う。しかし、昔の漫画を読み返しても不思議と「虚しい」気持ちにはならないのだ。これは歳を重ねるごとに演歌が好きになり、時代劇で痛快な気持ちになり、難病モノの映画で涙する。
     やっぱり日本人は、こういうの好きなんだなって思う。
     ここは素直に池江選手、心からおめでとう!だな。

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