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なんだかんだで人生飽きないように好奇心だけで生きてきたけど、こんなんでよかったのかなぁ?と言うブログ。

乾癬

車掌車

投稿日:

 怠け者の私は、タイトルの「車掌車」に乗る仕事がいいなぁって思っていた。
 貨物列車の最後尾にあって、前後にデッキが付いている。
 長い道のりを、あのカワイイ個室のような車掌車に乗って、
 移り変わる車窓からの景色を見ながらのんびり旅してみたい。
 そんな風に思っていた。
 実際はいろいろと仕事があって、まったくそんな旅行気分ではなく、
 人知れぬご苦労があり大変なお仕事だと思うのだが、
 踏切で待っている時に目の前を通り過ぎる貨物を見ながらそう思ってしまった。
 その車掌車を最近見ることがなくなった。
 いつからなくなったのかわからないが、
 「あれ? どこかに忘れてきちゃったの?」と、
 どこかの駅にポツンと置き去られて途方に暮れている車掌さんを思い描いてしまった。
 IMG_5896.jpeg
 先日撮影した貨物列車の最後尾にも、
 車掌車はつながれていなかった。
 なんだか尻切れとんぼのようで、慣れるまでもう少しかかりそう。
IMG_5947.jpeg
 毎日最低4回渡るこの踏切は、たくさんの種類の電車が走る。
 東海道本線の「普通」「新快速」がメインだが、
 草津線も通り、強風の時は湖西線からこちらへ迂回する北陸線の車両も通ったりする。
 特急「ひだ」、関西空港への通勤快速の「はるか」、
 この前なくなってしまったが、大阪発の特急「しなの」も走っていた。
 先日なくなってしまった「北びわこ号」のSLも運ばれて行って、いつも最寄りの駅で哀愁のある汽笛を鳴らしてくれた。
 新幹線でいう「ドクターイエロー」の在来線の試験(検測)車両と出会えると幸せな気分になったりする。
IMG_0416.jpeg
 いつも待たされる鬱陶しい踏切ではあるが、
 いろいろ思い浮かべてみれば、
 いい思い出しかない。

-乾癬

執筆者:


  1. Aki より:

    JR貨物はまだまだ健在だけど、近所を走ってる東武線、子供の頃は長い貨物列車が走ってた記憶があるけど、すっかり消えましたねぇ
     子供の頃一度だけSLを見た記憶も、あれは何だったんだろう・・・

  2. KURI より:

    Akiさん
     物心ついた頃には電化されていたのでSLと聞いて驚きましたが、たまたま古いSLをどこかに運ぶためだったのでしょうか?
     木崎駅を調べていたら、「徳川河岸線」という名称が目に入りました。粕川、大舘の西、出塚を通って利根川河川敷まで繋がっていたみたいですが、全くその存在を知りませんでした。
     もうほとんど廃線跡もないようです。
    https://www.hotetu.net/haisen/kanto2/141206tokugawakashisen.html

  3. アプリ より:

    踏切は、生まれた場所は東武東上線の沿線で、中学生のときは毎日その踏切を渡ってました。ところが、電車が渋滞していて開かずとなることが多くて、よく、いけないことですが、踏切のバーの下をくぐって渡ってました。
    まだ、スーパーマーケットとかない頃?で、その踏切を渡って商店街に母と歩いて買い物に行った記憶があります。
    今は、車で買い物に行くので踏み切りを歩いて渡るって珍しくなってしまいました。単線で30分に1度の電車、踏切では1時間に4回の遭遇なので待つことは少ないです。
    新快速は懐かしい、昔、阪急沿線ではあったけど、混んでいたから、JRの駅まで歩いて新快速に乗って通勤していたのを思い出しました。(もう、20年以上前)

  4. 匿名 より:

    >その車掌車を最近見ることがなくなった。
     ⇒松戸駅ホームでは、特急通過があります。
      先週、「1番線、通過列車が・・・」という放送があり、
      「特急?」と思っていたら、貨物列車でした。 ⇒久しぶり!!
      「車掌車」、なかったような気がします。
      中学の時から電車通学でしたが、貨物列車通過で好きだったこと。
      それは初冬に、東北方面から来た貨物列車の屋根に積もった雪。
      哀愁があって、「冬の到来」を感じる瞬間でした。 
      
      

  5. 一般人 より:

    寝台特急がなくなり、貨物列車が駅で待ち合わせする必要がなくなり、車掌さんも不用になったのでしょうか。

  6. KURI より:

    アプリさん
     電車にまつわる思い出って色々とあるものですよねー。
    昔、踏切の脇に小さな小屋があって、そこに踏切を開け閉めする人がいました。円形のハンドルをくるくると回して水平の遮断機が上下するものだったと思います。今は陸橋ができてなくなりましたが、そのような日常の風景としての踏切が子供心に原風景として残っている気がします。

  7. KURI より:

    しんちゃんママさん
     ホームを高速で通過していく貨物列車はなかなかの迫力ですよねー。それの屋根に雪が積んであったりしたら、確かに「どこからきたんだろう?」って、その雪国の風景を思い浮かべ確かに哀愁を感じちゃいます。

  8. KURI より:

    一般人さん
    なるほど、そうかもしれませんね。
     昔は、もし運転手さんが突然死んじゃったりしたときに働くデッドマン装置もなかったでしょうし、途中でトラブルが起こったときに一人で対処するのは大変だったのでしょうね。
     寝台特急は1〜2回乗ったことがあります。若い頃のいい思い出ですが、その当時は正直「うるさいし揺れるし寝られたもんじゃない」と思っていました。でもなくなると寂しいもんです。(^_^)

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